京都地方裁判所 昭和51年(行ウ)14号 判決 1980年3月21日
原告 西村真一
被告 右京税務署長 ほか一名
代理人 高須要子 柳昌仁 森野満夫 竹内健治 ほか四名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告右京税務署長(以下「被告税務署長」という。)が原告に対して昭和五〇年一一月二六日付でなした原告の昭和四八年分所得税の総所得金額を三九七八万七五九〇円と更正した処分及び過少申告加算税額を六五万八六〇〇円と賦課決定した処分を取消す。
2 被告国税不服審判所長(以下「被告審判所長」という。)が原告に対して昭和五一年六月二二日付でなした原告の昭和四八年分所得税更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分に対する審査請求についての裁決を取消す。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
主文と同旨
第二当事者の主張 <略>
第三証拠 <略>
理由
一 請求原因1(本件各処分の存在と不服申立の経緯)については当事者間に争いがない。
二 本件更正決定の適法性の有無
1 争いのない前提事実
原告の本件係争年分の所得として、別表一の(六)の<1>、<2>、<3>、<4>の<イ>の各所得が存在することについては当事者間に争いがなく、また、被告税務署長の主張1の(一)ないし(七)(本件更正決定に至るまでの経緯について)についても当事者間に争いがないところ、本件土地の性質及びその譲渡による所得の種類につき当事者間に争いがあるので、以下この点につき検討する。
2 本件造成地と訴外賃貸地の譲渡による所得の種類について
ところで、法は、譲渡所得を「資産の譲渡(建物又は構築物の所有を目的とする地上権又は賃借権の設定その他契約により他人に土地を長期間使用させる行為で政令で定めるものを含む。)による所得」として(三三条一項)、一切の資産の譲渡を譲渡所得の対象としたうえ、「たな卸資産(これに準ずる資産として政令で定めるものを含む。)の譲渡その他営利を目的として継続的に行われる資産の譲渡による所得」を右譲渡所得の対象から除外しているところ(三三条二項一号)、「たな卸資産」とは「事業所得を生ずべき事業に係る商品、製品、半製品、仕掛品、原材料その他の資産(有価証券及び山林を除く。)でたな卸をすべきものとして政令で定めるものをいう。」と定義づけられ(二条一項一六号)、令は右の「たな卸をすべき資産」として、「商品又は製品(副産物及び作業くずを含む。)・半製品・仕掛品(半成工事を含む。)・主要原材料・補助原材料・消耗品である貯蔵中のもの・前各号に掲げる資産に準ずるもの」(三条一号ないし七号)、「たな卸資産に準ずる資産」として、「不動産所得、山林所得又は雑所得を生ずべき業務に係る第三条各号(たな卸資産の範囲)に掲げる資産に準ずる資産・減価償却資産で第一三八条(少額の減価償却資産の取得価額の必要経費算入)の規定に該当するもの」(八一条一号・二号)をそれぞれ掲げている。また、法は、「土地(土地の上に存する権利を含む。)、減価償却資産、電話加入権その他の資産(山林を除く。)で政令で定めるもの」を「固定資産」と定義し(二条一項一八号)、令は、右の「固定資産」の範囲につき、「たな卸資産、有価証券及び繰延資産以外の資産」であり、「土地(土地の上に存する権利を含む。)・次条各号(減価償却資産の範囲)に掲げる資産・電話加入権・前三号に掲げる資産に準ずるもの」と規定している(五条一号ないし四号)。
これらの規定の趣旨とするところは、同じ資産の譲渡による所得であつても、臨時的・偶発的に発生する所得については経常的・計画的に発生する所得より担税力において劣ることから、これを特に譲渡所得として課税する趣旨であり、事業者が業として行なうたな卸資産の譲渡はもちろん、このような譲渡とまでいえないものの、さりとて、臨時的・偶発的に発生したものともいい難い資産の譲渡の場合も、これをたな卸資産の譲渡と同視して、その所得をいずれも譲渡所得の対象から除外したものであり、従つて、譲渡所得に対する課税は、資産の保有期間中に所有者の意思によらない外的条件の変化によつて生じた値上りにより、その所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会にこれを清算しようとする趣旨と解せられる。
本件についてみるに、前記1の争いのない事実に、<証拠略>によれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告は、昭和三六年七月頃から肩書地において個人で宅地の造成・販売、家屋の建売を業としていたところ、昭和三九年から昭和四一年末までの間に右事業の一環として、別表三にみるように、京都市右京区(現在西京区、以下同じ)松室上追上ゲ町所在の土地一四二三三・七三平方メートル(同表にみるように、地目は大部分が田・原野であり、宅地とされる二筆もその位置・取得年月日からみて周辺土地の開発・造成に伴い宅地化されたものと窺われる。以下地番のみで土地を表示する。)を造成のうえ宅地として販売する目的で取得し(取得年月日は甲・乙両地が昭和三九年七月一一日、丙土地が昭和四一年一一月四日である。)、そのうち農地については、昭和三九年頃京都市右京区農業委員会から農地転用許可を受けたうえ、その後右全取得地に区画形質の変更を加え、上水道管、ガス管、道路を設置して大規模な宅地造成を行なつた。
(二) 原告は、昭和四〇年頃から右造成を完了した本件造成地(本件土地を含む。)を宅地として販売するために分筆することとし、同年五月一〇日には一八番の土地を一九筆に分筆し、順次地番を設定したが、右地番設定の申請にあたつては本件土地を一八番七、一八番八としたい旨を要望し、一八番七、一八番八の土地はそれぞれその地積が九九五・五七平方メートル、二三五・九七平方メートルとなつた。さらに、昭和四一年四月二八日には右一八番七の土地を分筆のうえ甲土地他三筆とし、昭和四五年六月二六日には右一八番八の土地と一八番一の土地から分筆した一八番五〇の土地を乙土地とし、分筆後の宅地を、別表四にみるように、順次販売した。
(三) 原告は、昭和三九年頃一八番七の土地(その一部が甲土地)上に木造二階建倉庫約一六五平方メートルを建築し、以来、その余の甲土地を建築用資材置場として利用し、また、その頃一八番八の土地(乙土地の一部)上に軽量鉄骨造平家建事務所一棟約一三平方メートルを建築し、甲・乙両土地の境界にブロツク塀をほどこしたうえ、いずれの建物(以下「本件各建物」ともいう。)も原告個人の事業用に供していたところ、右建物については、不動産登記簿・固定資産課税台帳に登載されず、原告の各年分の青色申告決算書にもたな卸資産としての記載はなかつた。この間、原告は昭和四四年一二月三〇日肩書地に木造スレート葺平家建居宅一七三・五九平方メートルを新築して、原告の居住家屋とし、その妻西村静子名義の保存登記を経由したが、右居宅は本件土地と道路を隔てて隣接していた。
(四) 原告は、昭和四二年三月二〇日に二二番一、三三番の土地(丙土地の一部)上に木造瓦亜鉛メツキ鋼板交葺二階建店舗(一階九四・七三平方メートル、二階三七・六〇平方メートル)を建築し、同所において喫茶営業を行ない、同年分の課税については、右土地をたな卸資産として家事のため費消したとするいわゆる自家消費の取扱い(法三九条参照)がなされていたが、昭和四三年五月一四日有限会社エリーが設立され、原告がその代表取締役に就任するとともに、同社が右店舗を引継いだ。さらに、同年九月一〇日丙土地上に木造瓦葺二階建店舗(一階一七五・〇五平方メートル、二階一六二・七一平方メートル)が新築され、同年一〇月九日エリーがその所有権を取得する一方、右各店舗の敷地以外の丙土地はエリーの駐車場として使用され、原告はエリーの設立当初から丙土地の使用料を収受して不動産所得として申告していた。
(五) 原告は、昭和四五年三月九日訴外会社を設立すると同時にその代表取締役に就任したが、同社は、原告の個人事業と同様、宅地造成及び建築・不動産売買及び仲介等を事業目的とし、取締役も、原告以外には西村英雄・西村均・荒木幹雄・西村史可・西村静子という同族会社で、実質上は原告の個人会社であつた。
(六) 訴外会社は、その設立直後の昭和四五年五月一日その本店(乙土地所在地)で社員総数三名全員の出席により社員総会を開催し、原告が同年四月三〇日限り廃業したことによりその資産、負債を同社に引継ぐこととし、当時処分未了であつた原告の事業用財産である本件造成地一一一一・九四平方メートルのうち、別表四の<6>記載のとおりの宅地及び右京区嵐山宮ノ前町三五番一五の宅地一五五・八三平方メートル(四六・〇一坪)をそのたな卸評価額で譲り受け、引続き事業に供する旨可決したものの、本件土地及び訴外賃貸地については右引継の対象となつていなかつた。
(七) 原告は、昭和四五年七月二八日京都府知事に対し、法人への組織変更を理由として宅地建物取引業の免許についての廃業届を提出して個人の事業免許を抹消されたが、その後も訴外会社は原告所有の本件各建物を無償で使用し、本件土地についても、原告と賃貸借契約を締結することはなく、地代等の支払いもなさなかつた。
(八) 訴外会社が引継いだ宅地を含めて本件造成地は、別表四にみるように、その大半が昭和四八年頃までに売却処分されたところ、原告は訴外会社から昭和四六年三月二六日に一八番三二、一八番三三の宅地を取得した松山幸夫こと姜異淳を介し李圭珞から甲土地の売却を強く要請され、他方、その頃エリーの本店所在地の空地にマンシヨンを建設して、同所に訴外会社の事務所も移転することになつたことから、甲土地を売却する意思を固め、昭和四七年一一月一二日李圭珞と売買契約を締結し、翌四八年一月二三日代金二〇、九二五、〇〇〇円完済と同時に甲土地を引渡し、さらに、右売却により残地となる乙土地について、一八番九の宅地の買主でもある安本こと趙東済から売却要請があり、訴外会社の事務所としての利用価値も乏しくなつたことからこれを売却することとし、昭和四七年一二月一二日趙東済と売買契約を締結のうえ、翌四八年五月一〇日代金一六、二八〇、〇〇〇円完済と同時に乙土地を引渡した(別表二の(二)、(三)参照)。
また、訴外賃貸地(丙土地)についても、原告は、昭和四八年一二月一二日エリーに対しこれを代金八八、〇〇〇、〇〇〇円で売却してその引渡しを完了した。
以上の事実が認められ、右認定に反する<証拠略>はたやすく措信できない。右認定事実によれば、本件土地(甲・乙両土地)は、原告の個人事業継続中たな卸資産であつたものがその個人事業停止後いわゆる準たな卸資産として所有されていたものであるから、その譲渡による所得は雑所得であり、他方、訴外賃貸地は、原告の固定資産として所有されていたものであるから、その譲渡による所得は譲渡所得と解するのが相当である。
この点に関し、原告は、本件土地の地番設定の経緯・地上の建築建物等の使用状況・将来長男の事務所として利用する目的で原告が管理していたこと等からみて、本件土地も訴外賃貸地同様固定資産で、その譲渡による所得は譲渡所得であると主張するが、ある土地が固定資産かたな卸資産かについては、当該所有者の取得状況・取得目的・利用状況等から総合的に判断すべきところ、前記認定事実によれば、両土地については別表五にみるような差異があるのであり、本件土地が原告の個人事業継続中において固定資産であつたとは到底認め難く、また、たな卸資産(準たな卸資産を含む。)から固定資産への資産の転化が認められるためには、そのことが客観的資料によつて明白に担保される必要があるというべきところ、原告の個人事業廃止後の事情からみても固定資産への転化があつたとはいい難いものである。
これを実質的に前記の法の趣旨からみても、原告の本件土地の譲渡自体は偶発的とみうる余地はあるが、前記認定事実によれば、右土地の増加益は、時の経過による地価の値上りによるものははなはだ僅少で、そのほとんどが原告自身の意思に基づく宅地造成という改良行為により生じたものであり、その増加益を右譲渡行為により実現するものであるから、令八一条一号にいう「雑所得を生ずべき業務」に該当すると解するのが相当である。
従つて、本件土地の譲渡による所得を譲渡所得とする原告の主張は理由がないというべきである。
3 原告の所得金額について
前記1の争いのない事実に<証拠略>によれば、本件土地(甲・乙両土地)の譲渡による所得金額が三一、〇二四、六五〇円(必要経費三・三平方メートル当り三七、四〇〇円、合計額六、一八〇、三五〇円を総収入金額から差引)、雑所得金額が三二、八八四、六五〇円、分離長期譲渡所得の譲渡価額(訴外賃貸地の売買代金がこれに相当する。)が八八、〇〇〇、〇〇〇円、取得費(造成費を含む。)が二〇、四七四、六三〇円であり、総所得金額が三九、七九三、六二六円、分離長期譲渡所得金額が六六、二二五、三七〇円となり(別表一の(六)参照)、本件更正は右各所得金額の範囲内でなされているから適法であり、また、通則法六五条により、右更正により増加する税額に一〇〇分の五の割合を乗じた金額の範囲内でなされている本件賦課決定も適法である。
4 本件更正決定と信義則違反の有無
原告は本件更正決定が税務職員の助言指導に反してなされ、信義則に反する旨主張するので、以下この点につき判断するに、<証拠略>を総合すれば、以下の事実が認められる。
(一) 原告の昭和四八年分の確定申告において、本件土地の譲渡についての所得が申告もれになつていたことから、昭和四九年一二月中旬頃被告の部下職員木原弘上席調査官(以下「木原調査官」ともいう。)から原告に所得税調査のため臨場するとの通知がなされ、昭和五〇年一月七日木原調査官が臨場し、原告側には、道下義昌税理士が立会い、原告も右所得の申告もれを認めたが、木原調査官は関連帳簿の提示を求めたうえ、右所得は雑所得ないし事業所得であり譲渡所得ではないとして、その旨の修正申告を提出するように原告に助言したが、原告は譲渡所得と主張していた。
(二) その後、原告は、昭和五〇年一月中に三回木原調査官を訪ね、前記所得をなお譲渡所得として申告したい旨強く主張したが、木原調査官は事実関係を説明のうえ、右所得はあくまで事業所得ないし雑所得に該当すると主張した。
(三) 原告は木原調査官と意見が対立したため、自ら国税不服審判所京都支所に赴き相談してくると主張して、同年二月三日、同所に赴いたが、その際の手持資料は自ら作成した報告書のみであつた。
以上の事実が認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は措信できない。原告は、国税不服審判所の審判官が本件土地の譲渡を譲渡所得であると回答した旨主張するが、これにそう原告本人の供述は、原告の手持資料が自ら作成した報告書のみで、その他に客観的資料を持参していないうえ、既に担当の税務職員がその調査資料により雑所得ないし事業所得として一定の見解を表明しているのに対し、処分の直接の権限を有していない国税不服審判所の審判官が原告の手持資料のみで、原告に対し、当該担当の税務職員の意見に反し、本件土地の譲渡による所得が譲渡所得であるとの確約まで与えることは通常では考えられないことを考慮すると、たやすく措信し難く、仮に、右のような回答がなされたとしても、事実関係いかんによつては譲渡所得になりうるとの不確定的な回答とみるのが相当である。従つて、本件においては信義則の適用の前提となる税務職員の確約そのものが認められないものというべく、原告のこの点についての主張は理由がない。
三 本件裁決の適法性の有無
行政事件訴訟法(以下「行訴法」という。)一〇条二項は、いわゆる裁決主義を採用しており、裁決取消訴訟においては、原処分の違法、すなわち原処分を維持した裁決の実体的判断に関する違法は主張しえず、裁決の手続・形式の違法その他裁決固有の瑕疵を主張する必要があるところ、原告は、本件裁決の固有の瑕疵として附記理由が不備であると主張するので、以下この点につき判断する。
ところで、国税に関する処分に対する不服申立についての審査裁決には、通則法一〇一条一項、八四条四項により理由附記が要求されているところ、右規定の趣旨は、審査機関たる裁決庁の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、不服申立人の不服申立事由に対する判断を明確にすることにあると解せられ、従つて、その附記理由の記載の程度についても、右の法の趣旨から推究して、不服申立人の不服事由に対応して原処分を正当として維持する理由が明らかにされておれば足りるというべきである。
本件についてみるに、本件裁決に別紙一の附記理由が記載されていたことについては当事者間に争いがないところ、原告は大阪国税局協議団の説明を受けて本件土地をブロツク塀により他の土地と区別していた点について判断遺脱があると主張するが、原告の右主張は、本件土地が原告において永久に所有する意思のある固定資産であつたとの主張に尽きるのであり、この点についてはまさしく附記理由として記載されており、また、その余の附記理由も前記法の趣旨を充分に満たすものである。この点に関する原告の主張も理由がない。
四 結論
以上によれば、本件各処分はいずれも違法であつて、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 田坂友男 東畑良雄 岡原剛)
別表、別紙 <略>